必要な情報は意識して取りに行かないと得られない時代になってきている

かね田

2017年11月27日 11:00



インターネットが普及し始めたのは2000年頃、その後、いろんな時代を経て今はソーシャルの時代と言われています。

20世紀後半に比べて、発信元がかつてのメディア関係者だけだった時代は終焉を迎え、今や誰でも簡単にいろんな情報を発信できるようになったことにより、各段に私たちの周りに情報が氾濫し、そしてこれからも増え続けていくことでしょう。

身の回りにある情報が数倍になっても、私たちが自由に使える時間は今も昔も1日24時間と全く変わりません。
どこにどれくらい時間を割り当てるかが今まで以上に重要になってきている気がします。




数多あるニュースサイトだけでなく、facebookやtwitter、Instagramで自分が気に入ったり好きな人やアカウントをフォローして情報収集している方もたくさんいると思います。

自分が好きな人が発言しり、シェアした情報は誰が発信したかわからないニュースサイトやまとめサイトなどの情報と比べて信頼度が明らかに違います。
誰かのフィルターを通して見聞きする情報は、それだけで信頼に値するものという見えないフィルターがかかっているため、興味がわいたり、無意識でも注意してみているのではないでしょうか。

ただ、自分が好きだったり気に入っている人たちが発信した情報は、偏りが出てくる場合もあるのです。
興味がないアカウントはフォローを外せば、タイムラインに出てくることはあまりありません。

そうしたことを続けていると、たくさんの情報に触れていると思っていても自然と情報に偏りが出てくるもの。

どうしても居心地が良い、見ていて楽しい情報を好んで得ようとするもの。
それがいけないというつもりはないのですが、触れる情報が偏ってきてしまうということを認識するかどうかがポイント。




「必要な情報」 = 「好きな情報」 でないこともあるでしょう。

誰でもどんな情報にも簡単にアクセスできる時代だからこそ、必要な情報は何かを見極め、そういう情報を意識的に取りに行くことが求められているのです。

情報が氾濫するこの時代だからこそ、触れる情報をより見極めることが求められているのです。



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